Quadrifolium's blog

海外赴任サラリーマンの独り言です。

雑感

最近はいろいろ気苦労なことがあり更新が止まっていた。

最近,論文が社外で評価された出来事があり嬉しく思った。私はAI分野はどちらかというと新参者で,国際的なコミュニティには全くコネもなく知り合いもほとんどいないのだが,実力(研究成果)だけを見て評価してくれるのはフェアで素晴らしいと思った。

ビジネスでもそれ以外でも,何かにつけて忖度がまかりとおる世の中になってきているが,まだ基礎的な研究の分野ではフェアな人たちもいるようだ。

これも正直,分野によるような気がする。ある分野は,研究者が世界的にみて少なく,学会などでもそのセッションの発表者が一部の研究室のメンバーによって埋まっている。こういう風通しが悪い分野では,忖度がまかりとおり,進歩が阻害されるように見える。たとえば良い研究を新参者がやっても古参の研究者たちから無視されるなんてことは普通にある。毎年,招待講演者がほとんど同じで代り映えしないような分野は,新しく入ってくる人が少なく,進歩もあまりない停滞気味の分野なので,そういうところには若い人はなるべく関わらない方がよいと思う。

その点,AIはすごくコミュニティが広くて毎年のように新進気鋭の若い研究者が登場するので,まだ健全なコミュニティが保たれている。とはいえ,それは国際的にみて,の話であって,日本という点ではそれも怪しい。例えば日本で人工知能学会やデータサイエンティスト協会といった団体を見ると,一部のエライ先生方(東大教授を中心として)が主に牛耳っているし,AIの中でも1つの専門的分野となると日本国内では研究者の数が少なくなり,学会に行っても同じようなメンツが毎回集まる同窓会のような状況になってしまい,新しい進歩がなく,ただの社交の場になってしまっているケースもある。日本は人口が1億人もあるので巨大な社会のように見えるかもしれないが,実際には,やはり島国文化だと思う。

アメリカは移民の国なのでいろいろな国から優秀な人材が入ってくる(優秀でない人材や犯罪者ももちろん入ってくる)。アメリカ人は,そういう外部から来た人たちとも仕事をとりあって競争しないといけないから大変である。日本は,日本語という極めて強力な参入障壁によって守られているので過酷な競争にはさらされていない。英語圏は人口規模が大きく投資が活発なので新しい産業にもお金が集まりイノベーションが起きやすいが日本では投資が低調でイノベーションの芽が育たない,が同時に,仕事ができない日本人でも外国人に仕事を奪われることがないので守られているともいえる。

日本は包容力が低いので異なる文化や宗教の人を今後もずっと受け入れないであろう。もし受け入れても,彼らが優秀で日本人の仕事を奪ったらすぐに抗議運動が始まって政治問題化するであろうし,逆に,もし彼らが素行不良で治安が悪化したらやはり抗議運動が始まって政治問題化するであろう。つまりどう転んでも無理なのである。

日本人はこれからも日本人だけでイノベーションをいかに生み出し外貨を稼いでいくかを考えねばならない。ただ,政治家も医者も経営者も世襲になり,大企業は政治献金をたっぷりして自民党としっかりコネクションを作って現状維持に努めているのが今の日本の現状である。すべてが停滞している。基礎研究の分野でも,予算はどんどん減っているし,上に書いたように日本はコミュニティが小さいので新しい風が吹かず,いつものメンツが集まって学会を牛耳るという閉鎖的な状況があちこちで起こっている。(具体例として,京都大の世界的に有名だった霊長類研究所は予算の不正使用がはびこっていたため批判を受けて閉鎖されたが,あれも結局は風通しが悪く,一部の力のある教授たちがすべてを仕切っていて誰もそれを正せなかったのが本質的原因ではないかと推測する。)

私は日本食が好きだし英語が得意ではないから,アメリカに永住したいとは思わないが,その一方で日本の未来の暗さにはうんざりする。世襲と忖度ばかりの島国から世界を席巻するようなイノベーションが出てくることはもう無いであろう。英語圏なら,たとえばアメリカにうんざりした人はイギリスに移住するとか,オーストラリアやカナダやニュージーランドやフィリピンやインドに移住するとか選択肢があるが,日本語は日本でしか通じないのが残念である。選択肢というものがない。

日本は何でも規制,規制ばかり。渋谷でハロウィンの仮装をした人が一部で器物損壊したとなるとすぐにハロウィンを丸ごと規制しろとか仮装で電車に乗るのを禁止しようといった話になるのは呆れてものが言えない。何千人も仮装しているなかで何人かが犯罪行為をしたとしても,それがどうして全体を規制するという話になるのか。ドローンが普及しだしたときも,とばすためには事前に許可が必要といった規制がすぐにできた。ああいう,年寄りくさい,すぐ誰かが余計なことをしないように見張ろう,という根性が日本の足を縛っている。外国が縛っているのではなく,日本人自身がそれをしているのである。教育のレベルでもすでにそういう文化がしみこんでいる。たとえば漢字なんてのはどう書いても結果は同じはずだが「書き順」なんてものがある。書き順を守っても字が汚い人はいるし,書き順がでたらめでも達筆な人はいる。それに何の意味があるのか不明である。そういう本質的でないルールを守るように教え込む時点で子供の創造性を奪っている。

私はヨーロッパもこの点では日本とわりと近いのではないかと思う。彼らは規制が大好きだ。小国がEUで集まって規制をたくさん作って参入障壁をつくりヨーロッパの企業を優遇しようという(いつもの)思惑が丸見えであるが,そういうビジネス的な点以外でも,彼らも日本人のようにリスクを回避する志向が強いように思う。ただ,日本とは違い,彼らのベースはキリスト教なので,キリスト教徒でない日本人がヨーロッパで永住するのはいろいろキツイのではないだろうか(少なくとも私はヨーロッパでそう感じた)。

私の人生は日本で始まり日本で終わるのでも別にいいが,いずれもし私に子供ができたらあまり日本では生きていってほしくないような気もする。給料の半分を年金だの何だので天引きされ,その薄給にも関わらずサービス残業がまかりとおる,それなのに労働者たちはストライキもせず従順に過労死する,そんな国で働いてほしいとは思わない。若いうちにしっかり技術なり資格なりを身に着けて,労働組合の強い欧州でホワイトな企業に就職するか,ハイリスク・ハイリターンな米国に移住してもらうのがよいのかもしれない。もっともそれは全部子供が優秀だったらの話であって,仮定の話をしても仕方ないかもしれないが。

 

イラン,インド,パキスタンサウジアラビア等々,宗教的規律が重視される国というのは多い(とくにイスラム圏の国々)。同性愛者なんて,それを告白でもしようものなら逮捕されるという国はたくさんある。女性はスカーフで顔を隠さないといけないという国もあるし,女性は一人で車を運転してはいけないという国もある。また,中国では政治的自由なんて1ミリも存在しない。

アメリカにそういう国々から移住してきた人と話すと,やはりどこかで自分の国のことを快く思っていないように感じる。息苦しいとか,自分のやりたいことをやれないとか,色々あるのであろう。極端な話,アメリカが大好きだからアメリカに住んでいる・・・・というよりも,自国を脱出したいからアメリカに来て住んでいる,という人は結構いるようだ。私の主観だが。

やはり人生には逃げ場所が必要だと思う。自分がもうここでは生きていけない,となったときに受け入れてもらえる別の場所が必要なのだ。カースト制から逃れたいインド人や民主主義を探求したい中国人,一人前に外で仕事をして稼ぎたいイラン人女性,といった人々にとってアメリカはかけがえのない避難場所となっている。自分の力では変えられないもの(自国の人々の考え方や文化,法律など)と戦って消耗するより,そうやって自分により適した場所へ移る方が確かに賢明だと思う。