Quadrifolium's blog

海外赴任サラリーマンの独り言です。

ブースターショット

ファイザーの3回目のワクチン接種を受けてきた。

夕方4時ごろに接種して,その夜はまあ何ともなかったが翌朝の早朝から体調が悪化。

頭が痛いし,熱が出るし,注射した左腕は筋肉痛みたいになってるし,体中がだるいし。とにかく一番つらいのは頭痛。頭が痛いと,何にもできない。うーん。。体温も37度まで下がった,と思ったらまた37・7度まで上がったりと不安定。

 

日本総領事館から「海外在留邦人向けオンライン医療相談及び精神カウンセリング・サービス提供事業における待ち時間の改善」というメールが来た。いわく

多くのお申込みをいただいたことにより、待ち時間が発生し、ご迷惑をお掛けしておりましたが、予約システムの改善や対応する医師の増強により、現在は待ち時間が改善されております(※ただし、心療内科については、特に多くのお申し込みをいただいているため、引き続き日程調整にお時間を要する場合がございます。)。

うーん,皆さんやっぱりメンタルしんどいんだなと,共感を禁じ得ない。

私だって実はメンタルの薬を飲んでいる。弱めのやつだけど。

先日,薬が変わったタイミングで,薬局にすぐとりにいかずしばらく放置していたので,薬が切れてしまい,薬を飲まない期間が一週間くらいあった。すると徐々に精神的に落ち込んでくるんだよな。

外食に行って,英語で注文しても店員にまったく通じなくて苦労した日は,「俺は注文すら英語でできないのか」と空しくなって帰宅後に床に座り込んでしまい,まったく動けなくなってしまった。

今はなんとかぎりぎりでドーピングして仕事をしているが,正直,仕事ってそこまでの価値あるのかな?と思う。

わが社ではある業界向けに似たような技術を開発している部署が4つくらいあり,それらが互いに縄張り争いを繰り広げているため関係者は日々神経をすりへらしている。絵に描いたような大企業病で,バカバカしいとしか言いようがない。現場にこんなことに精神を消耗させているくせに,上層部は「すごい新技術を開発しろ」とか言っていて,アホかいな,と思う。無理に決まってるだろ・・・。部署を統括するエライ人同士が直接会話してくれれば,棲み分けも片付くし,末端社員らが消耗しなくても済むはずなんだが,そういうエライ人たちは決してお互いに直接交渉しようとはしない。いつも部下をけしかけて,部下同士で代理戦争をさせている。アホか!・・・。

なので私の仕事に対するモチベーションはゼロに近い。シリコンバレーとかで生き馬の目を抜くような競争をしている外資企業ではきっとそういう重複が生じたらすぐ一本化して無駄をなくすのだと思うが,日本の大企業は組織構成が過去のさまざまな経緯をひきずったしがらみで成り立っているため,無駄をなくすという決断ができない仕組みになっている。みずほ銀行で頻発しているシステム障害も,3行が対等合併した際にITベンダーを一本化することができず,複数の御用達ベンダーの顔を立てたせいでシステムが複雑になってしまったのが原因だと言われている。いかにも日本的としか言いようがない。

最近とくに思うのだが,企業のR&Dにおける最先端の研究というのは,いわゆるトロフィーワイフみたいなものではないか。こんな最新の技術を持ってるぞ,すごいでしょ,と顧客に見せびらかすのが主目的だ。実際に利益の大半を稼ぎ出しているのは,旧態依然とした昔からある事業だったりする。AIもわーわー流行しているが,最新AIで主たる利益を稼ぎ出している企業なんて実はほとんどないのではないか。なので私は「自分たち研究者はこの企業のトロフィーワイフなのだ」と思うようになった。

世間では,やれ量子コンピュータだの何だのとバズワードが飛び交い,みな乗り遅れまいと必死になるが,量子コンピュータを使わないといけないほど超難しい問題というのは人間社会にはほとんどないと思う。そもそもほんの30年前まで,社会はコンピュータなしでも回っていたのであり,人間が生きていくために必要な技術というのは本当は非常に限られている。1969年,今から50年以上前にはすでに人類は月にロケットを飛ばしていたのであり,それだけ洗練された電子技術やロケットの姿勢制御技術があったのだ。月に行くよりも大変なことって,我々の日常生活で直面することはほとんどない。技術の進歩は実は大して求められていないと私は思う。

たとえば最新AIを使って物流を改善し,コンビニ等の小売業の無駄をなくそう,みたいな話があるが,それもよく考えるとおかしな話である。日本では毎年600万トンもの食品廃棄物が生じている。つまり,まだ食べられるものが大量に廃棄されているわけである。そういうのを何とかして減らしていくのが先決であり,最新AIなんぞ使って物流の無駄を1%や2%減らしても社会的な意義はほとんどない。いつもコンビニやスーパーに食品が大量に並んでいることを求める消費者のマインドこそ変えなければならないのだ。こういう,「最新技術じゃなくて人々の考え方をこそまず変えないといけないのに,最新技術を使ってなんか社会貢献してるっぽい雰囲気だけを出している」ものって,社会にあふれているような気がする。

量子暗号とかも「通信のプライバシーを確保するために重要」とか「インターネットセキュリティ確保は企業の生命線」などという宣伝文句とともにあちこちで議論されているが,これも変な話である。企業のITシステムの汚染というのは,たいがい,社員が外部から来た怪しいメールに添付されているファイルをクリックしたり,怪しいURLをクリックしたりすることで起きているのであり,その本質にはRSA暗号の堅牢性など何も関係がない。また,機密情報の流出も,「パソコンを電車の網棚に置き忘れた」といった極めてアナログなミスで起こることが多い。また,仮に社内の機密情報すべてを最先端技術で暗号化したとしても,それにアクセスできる人間というのは社内に必ず存在するのだから,その人物がたとえば他国のスパイなどによって洗脳されたりハニートラップにかけられたりしたら,終わりである。漏洩を防ぐのは不可能に近い。霞が関で国のシステムを扱っている国家公務員にもおそらくかなりの数の他国のスパイが紛れ込んでいるのではないかと推測する。こういうヒューマンファクターこそ社会のアキレス腱であり,それは時代が変わっても何も変化しない。いくら技術が進歩しようと人間の本質は進歩しないからだ。

こういうのをThe elephant in the roomという。誰もが巨大な問題の存在に気付いているが,何らかの理由でそれが解決困難または政治的・社会的にデリケートなため誰も議論したがらない状況を指す。

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社会はelephantに満ちている。私が純朴な子供のころは,社会課題を解決するような「立派な大人」にあこがれていたが,いざ大人になっていると,実際はみな問題の所在に気が付いているが敢えてそれが目に入らないふりをしているのだということがわかってきた。

今日も私はAIの研究をする。私の成果が実際に社会に出回り,世の中にポジティブな影響を与える可能性はほぼゼロに近いことを知っているが,仕事だから研究するのである。お祭りの射的の屋台で,一番上の段にプレステ4とか任天堂スイッチが置いてあったりするが,ああいうのは客寄せのために置かれているのであって実際に撃ち落とすのはかなり難しくなっている。つまり実際に子供たちがそれをゲットして遊ぶことはまずない。私の仕事もああいうのと同じだ。「なんかすごそう」というイメージを顧客に与えることだけが今の私に期待されていることなのである。ひとことで言えば,虚業である。