Quadrifolium's blog

海外赴任サラリーマンの独り言です。

どっこいしょ

会社の上層部は学会発表しろとか論文を書けとか利益に貢献しろとかすぐ製品化しろとか,同時に達成するのが困難な目標を同時に達成するよう研究開発部門に毎度毎度圧力をかけてくるので本当に嫌になる。

目標A,B,Cを同時達成するようなテーマ設定は困難です,強いて優先順位をつけるならどれが大事なのですか?と上司に問うたこともあるが,ある上司Xは「全部です・・・」と暗い顔で答え,別の上司Yは「うーん,ABCのどれか1つ,ですか,強いて言えば『3つの中間』ですね」と言っていて,うんざりした。結局,彼らは「ABCどれもちょびっとずつ達成していると主張(コジツケ)できるような研究」を勧めてくる。すると何も尖ったことはできないので,角のとれて丸くなったこじんまりしたテーマばっかりやることになる。

あげくに一部の研究者たちをぞろぞろと異動させて営業がやるような客寄せの仕事をさせている。そんなん博士号いらんやろ。なんで博士を採用してんだ,と言いたい。

 

大企業というのはどうして「オールラウンダー」を求めるのだろうか?ジェネラリストとも言うが。その人が得意なことを伸ばすのではなく苦手なことをなくすよう常にプレッシャーをかけてくる感じだ。ジョブローテーションとかいう謎のシステムによって研究者は特定分野のスキルを長期的に伸ばすことを妨げられている。お客と会話するのは苦手だけど論文を読んだり特許を出すのは得意という人もいるが,そういう人の居場所は減る一方だ。客寄せは本職(ビジネス部門)にやらせればいいではないか。シーズの発見・基礎研究から製品化・マーケティング・納品まで研究者が全部できるのなら,ビジネス部門の存在意義がなくなる!

こないだエライ人が「わが社の研究開発はどうして国際的なプレゼンスが低いのか」云々かんぬん言ってげきを飛ばしていたが,笑ってしまった。そんなん理由はわかりきっている。毎年各自の研究テーマががらっと変わってしまうような流動的な環境が1つ目。野心的な研究テーマを掲げてもしも失敗したら大きく査定が下がる,究極の減点主義の人事考課制度が2つ目。そして会社の提示する年収が国際水準で低いためトップ人材を雇用することができないのが3つ目だ。しかし誰も指摘しない。研究者はみんなわかっているのだが,言うと上層部に何をされるかわかったものじゃないので,ただ黙って耐えているのだ。耐えがたきを耐え,忍び難きを忍び・・・。

 

ところでAI系の論文を出すとき,新しい手法の有効性を示すために通常は3つのことをする。

1.理論的に性能を保証する。(数学的に厳密に。)

2.いろんな環境でテストする。(たとえばロボットを砂地で歩かせたり,坂道で歩かせたり,横から押してみたり,水たまりを歩かせたり,etc.)

3.他の手法と比較する。

しかし,このどれも完全にやりきるのは不可能である。

1.現代のAIは複雑すぎるので何かを理論的に「証明する」のはまず無理。何度も実験を繰り返すうちにこういうやり方でうまくいきました,という経験知が現場では一番重要。

2.どんなに時間と手間をかけても,「全ての環境」で実験を行うことは不可能。環境は無限にあるから。

3.他の手法は多いときは数十もあるので,全ての手法と比較するのは無理。たとえば人型ロボットの歩行性能を調べるために世界中で販売されている人型ロボットを全種類購入したらそれだけでいくらかかるのか??

 

つまり,どんなに丁寧に頑張って書かれた論文であっても,上の3つの急所をちくちくと突いてやれば却下(出版拒否)することは極めて容易である。なので,ある論文が出版されるかどうかというのは,(よほど論理の破綻した論文などを除いて)結局はどんな査読者にあたるか,という運ゲーになる。完全に運の世界である。

 

なので全然やる気がでない。考えてみてほしい。あなたが高校生だとして,受験の採点は一人ひとりの採点官の気分によって基準が全然違います,と言われたら受験勉強を頑張る気になるだろうか?あほくさいという気分になるだろう。

 

やる気がでないのでビールを飲んだら少しマシな気分になった。はぁ。