Quadrifolium's blog

海外赴任サラリーマンの独り言です。

疎外感

今年度末で日本に帰任することとなった。つまり,あと二か月。

 

いったいこの海外赴任は何のためのものだったのか,私はどうしてこんなに疎外感ばかりをひたすら噛みしめなければならなかったのか,どうして周囲との相互理解が進まなかったのか,と悩んでしまうが,そうやって一人で考えていると辛くなり,すごい勢いで鬱まっしぐらになるので,なるべく家では何も考えないように努力している。

 

相互理解というのはお互いが相手に興味を持って向き合わないと決して進まない。

この海外赴任でどうして現地採用の社員たちとワンチームになれなかったのかと考えると,やっぱり一番大きいのは,彼らが日本本社からの赴任者に対して全然興味がないからである,という説明が今のところ一番しっくりくる。私が彼らにボールを投げても彼らがボールを投げ返してくれないのである。

 

もう一つの説明はそもそも英語がなかなか聞き取れないから(私が)。アジア系の英語でも東南アジア系のアクセントと中国人のアクセントはちょっと違うし,インド系にもいろいろあるし,メキシコや南米の人のアクセントもすごいきついし・・・,これ英語か?っていうくらい皆さんの英語がなまっていて,聞いているだけで正直苦痛を感じた。不快,不快,とにかく不快そのもの。スペイン語なまりの英語なんて,5分くらい聞いていて「どうしてこの人は会社で英語じゃなくスペイン語をしゃべってるんだろう・・・」と思っていたら実は英語だった,ということもあった(アクセントが完全にスペイン語・・・)。そんなんわかるわけないやろ。日本でいくらBBCとか聞いて英語を鍛えても,こんなわけわからん英語は決して聞き取れるようになれないし,私ももう興味すらない。どうせあと2か月の付き合いだし。

 

そもそも誰からも必要とされていないところに送り込まれて,米国で私はとても辛く空しい時間を過ごした。私の後任がまた新しくここ(米国拠点)へ送り込まれるそうだが,その人もまた苦労するのではないだろうかと気の毒になる・・。

 

引越し業者に見積もりに来てもらったとき聞いたのだが,不要なごみ(棚とか机とか)は荷物搬出のときについでに引き取ってもらえるそうだ(有料だが)。日本を出るときは自分で粗大ごみの業者を手配して洗濯機などもろもろ処分しないといけなかったのに比べると,まあ今回は楽ではある。

あ々無情

日本に帰国してしばらく過ごしてからまた渡米。

元気が出ないのでブログが書けない。

日本で撮った写真をいくつか貼っておく。何の変哲もない風景だが・・・。

いろいろ疲れてしまった。人生の展望の描けなさというか。

若い時は誰だってどう生きるか暗中模索するものだ,そればっかり考えていると言ってもいい,しかし年をとった人間があまりそれを考えなくなるのは人生というものがそもそもコントロールできるものではないということに気がつくからだ。

 

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いとなむ人々

  • アメリカの缶詰にはプルタブがついていないことが多く,缶切りを使って開けないといけないのだけど,それが力もいるし面倒で,一周切ってもふたが外れないとき引っ張る必要があるし,大変だ。こないだはそれで指を切ってしまった。どうしてもっと便利にしようという改善意識が働かないのだろうか。

  • アパートが木造らしく,上階の人が歩く音がときどき聞こえる。そのぐらいならよかったのだが・・・。夏ごろから,22時~0時ごろの深夜にほぼ毎日,30分ぐらい,カップルがはげしく愛をはぐくむ音と振動が聞こえてくる。ギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシ・・・ギッシギッシギッシギッシギッシギッシギッシギッシ・・・・(シーン)・・・ギシ!ギシ!ギシ!ギシ!ギシ!ギシ!(中略)・・・ギッシギッシ!!!ギッシギッシ!!!
    みたいな。天井のきしみ方がすごい。その振動が伝わって,私の部屋のクローゼットの扉までガタガタ!!と激しく揺れており,とてもうるさい。とても鬱陶しい。それにしても,ほぼ毎日,少なくとも2日に1回というのがすごい。若い夫婦?なのだろうか。去年はまったくこんな音しなかったので住人が入れ替わったのだろう。なお夜分にアパートの廊下を歩いていると女性の「アンアンアンアンアンアンアン」という声とともに男女がはげしくいとなむ音が近隣の部屋のドアから丸聞こえのこともある。なんだかなあ。
    家賃でいうと日本の小さめの単身者マンションの賃料の軽く7,8倍くらいはするアパートなんだけど,建物のつくりがショボくてプライバシーが漏洩しまくり。悲しいような複雑な気持ち。
  • 最近あまりにもYouTubeの広告が多くなってきて,たまに動画の最初に2つも広告を見せられるようになった。こんなのは前には無かった気がするのだが。少し検索して調べるとGoogle ChromeAdBlockという拡張機能をインストールするとYouTubeの広告を全部出てこなくすることができるというので,実際にやってみたらうまくいった。もっと早くやっていればよかったと反省。しかしあまりにも便利でたくさんの人が使っているようなので,YouTubeは広告の形式を変えてこのアドオンを回避してくるかもしれないな。
    広告が世の中に多すぎてうざくて,広告なんてなくなってしまえばいいのにといつも思う。本当に必要なものは消費者やユーザ企業の側から探してでも見つけるものだよ。Googleなど有名企業で働く知人もいるけれど,正直,よく広告に人生を捧げられるなあと感心する。。。AIがすごいとか,GoogleのAIが囲碁のチャンピオンに勝ったとか,いろいろ言われているが,結局Googleはその技術を広告表示の最適化にひたすら使うんだろう。AIって意外と夢がない分野だと思う。IBMのWatsonも赤字みたいだし。(IBM、ワトソン・ヘルス事業の売却検討=関係筋 - WSJ
    ガーシーがYouTubeでいろいろな有名人の疑惑を発信しても問題なかったのに,楽天三木谷社長の女性問題疑惑(乱交など下ネタいろいろ)を報じだしてから急にアカウントを閉鎖されるようになり,何度アカウントを作り直してもだめだったので結局YouTubeからは撤退したという話について,ネットのどこかでホリエモンが「楽天Googleジャパンの最大の顧客だから忖度したんでしょ」という旨の発言をしていた。ホリエモン人間性はともかくビジネスに関してはいつも鋭いことを言う・・。
    メディアは広告主にはさからえないんだな。不偏不党のメディアなんてない。ワシントンポストは経営が芳しくなく,ベゾスに2013年に買収されてからは劇的に復活したと言われていたものの,結局また最近赤字らしいし。これじゃ広告主を少しでも増やすために頭を下げ続けるしかない。
    急速な落ち込みで赤字転落の「ワシントン・ポスト」、100名規模のレイオフ実施か | Media Innovation (media-innovation.jp)
    統一教会問題は毎日のように日本のテレビでやっているくせに,創価学会にお金を巻き上げられた,家庭崩壊した,という人たちの訴えはテレビには全く出てこない。世の中のメディアは忖度だらけだ・・・。
    自由な報道の何が難しいかというと,一つには名誉棄損で訴訟のリスクがあるからだろう。もし私が超・大金持ちだったら,訴えられたジャーナリストの訴訟対応費用を支援するような仕組みを作りたいところだ。ただ,ぽっと出の適当な記者が適当な記事を書く可能性は高いので,最低でも過去10年は既存メディアに勤めたことがあるといった条件でふるいにかけることにはなるんだろうな。。などと夢想。
  • ノーベル賞級の賞金の多さで知られるアメリカの科学賞の今年の結果が9月に発表されてた。日本人はいないが受賞者の研究対象がいろいろ興味深い。
    2023年ブレークスルー賞生命科学、数学、基礎物理学部門の受賞者発表 | ブレークスルー賞(The Breakthrough Prize)のプレスリリース | 共同通信PRワイヤー (kyodonewsprwire.jp)
    深層学習を使ってたんぱく質の構造を解明した研究が受賞したのはまったくもって妥当だと思う。あれは革命的な技術。でも日本のメディアでは全然報じられてないな。日本の夕方の情報バラエティ番組でこういう革新的技術を報じるようになればまだ日本の未来に希望が持てるのだが,無理だろう。どうせ40年後くらいになってノーベル賞が与えられてから特集番組でも作るんだろうな。
    それにしてもアメリカではザッカーバーグフェイスブック創業者)やセルゲイブリン(Google創業者)やポールアレン(マイクロソフト創業者)といった富豪が基礎科学に投資しているのがすごいと思う。アレン脳科学研究所なんて世界的に有名だし。ひるがえって日本では新経済連盟を率いる三木谷が美人モデルを集めて酒盛りパーティしてtwitter炎上かよ。この格差がかなしいよ・・・。
    一応,公平性のために言うと,日本でもユニクロの柳井氏は京大に多額の寄付をしている。
    ユニクロ柳井氏、京大に100億円寄付 がん研究を支援:朝日新聞デジタル (asahi.com)
    ただ,アメリカのように新しい賞を作ったり新しい研究所を作るのではなく既存の研究機関に寄付というところが,いかにも日本らしいという感じはする。
  • 京セラが作った京都賞は基礎研究に対して与えられる賞のようだが,革新的な研究成果を出した比較的若い人にタイムリーに与えられるアメリカのブレイクスルー賞とは大きく異なり,京都賞の受賞者は70代,80代のおじいちゃん,いわゆる「評価の確立した業界の大物」ばかりである。こう書くとノーベル賞みたいに聞こえるかもしれないが,ノーベル賞は「オリジナルなアイデアを一番最初に出した人」を重視して与えられるので,島津製作所の田中さんみたいな知名度の高くない人にも突然与えられることがあるのに対し,京都賞では(ある研究者曰く)知名度と影響力がある有名人をメインに選んでいるらしく,例えば何十年も業界で活躍したという功労も重視して与えられるようだ。なので特定の研究のオリジナリティだけで受賞者が決まるわけではない。
    京都賞そのものを否定する気はまったくないが,どうも日本人というのは技術の良しあし・将来性の有るなしを目利きするのが致命的に下手な気がする。ノーベル賞に権威があるのは,権威を基準に選ぶのではなく,本当に高いオリジナリティを持った人だけに授賞するからだ。日本ではそういう賞を維持するのは難しいように感じる。選ぶ側の人間がそもそもいい年のおじいちゃんばかりだし,そういう人は最新の科学的発見をチェックしていないので時代の流れを読めていない。ある日本人科学者が昔,イギリスの科学誌ネイチャーで特集された。その後,その人は日本である有名な賞を受賞したが,その選考委員いわく,「ネイチャーの記事を見るまでその人の研究のことを知らなかった」そうである。あほかいな。同じ日本でいい仕事をしている人のことぐらいチェックしておけ,外国のメディアの目利きに頼るな!!と言いたい。
    どうも日本人は歳をとると英語を読むのが苦痛になるらしく,海外の論文や記事を全然読まなくなってしまう傾向があるのも上記のような情けない状況が生まれる原因の一つだろう。
    なお昔は日本IBM科学賞というのがあった。いい仕事をしている若手に与えられる権威ある賞であり,とてもよい試みであったが,2011年に終了してしまった。実に残念に思う。日本IBM科学賞 - Wikipedia

さむい

あんまり特筆すべきことがないので箇条書きで書く。

  • ミツワへ行って日本食品をいろいろ買い込んだ。どら焼きとかところてんとか納豆とか色々。高いが仕方ない・・・。それにしてもミツワの中のラーメン屋に週末はいつも長い行列ができているのは何なんだろうか。20人ぐらい並んでいた。しかも食事時ではない時間帯(午後3時とか)でも並んでいる。うまいとは思うけどそこまで断トツでうまいのかは正直よくわからないところ。
  • 七尾ナナキ『Helck』を全巻読んだ。

    これは・・・名作でしょう。
    ギャグとシリアスのバランスが絶妙で,それほど登場人物が多くないのに読者を飽きさせないのがすごい。全12巻でそこまで長すぎないのも良い。2017年に完結した作品だけど,今年になってアニメ化が決定した模様。
    『Helck』がテレビアニメ化決定! 七尾ナナキ先生による、謎の勇者と魔族が繰り広げる冒険ファンタジー。原作漫画30話分も無料公開中 | ゲーム・エンタメ最新情報のファミ通.com (famitsu.com)
  • ネットでいろいろ調べものをして,「これは」と思う論文をこの数週間でかなり読んだのだが,振り返ってみると中国人の書いた論文の割合がかなり高い。アメリカの大学にいる中国人のグループの論文,中国本土のグループの論文,両者の共著の論文,などパターンはいろいろあるが,優れた発想のものが多く,勉強になる。質・量ともに日本を圧倒しているような感じがする。もうこの差は広がっていく一方かなという気がしている。中国の宇宙ステーションも完成したしなぁ・・・。
    昔のソビエトのように一党独裁=計画経済=非効率,という印象であったが,一党独裁+資本主義の今の中国の方が日本より繁栄しているのが何とも言えない。人口の差を割り引いても中国の方が効率的な社会になっているような気がする・・・。例えば「このへんの土地全部まるっと再開発しようぜ」とか「ここに新しい線路を引こうぜ」となったときに日本なら個々の地主から同意をとりつけるのが死ぬほど大変だろうけど,中国なら「立ち退きを拒否した地主が行方不明」⇒「人権派の弁護士がネットで告発」⇒「その弁護士も行方不明」といういつもの流れですぐ土地の接収も完了するだろうしなあ。
    アメリカの大学や大学院を出たエリートが中国本土に戻って官僚や大学教授といったポジションに着く,という流れはもうずっと続いている気がするけど,そういうエリートたちはアメリカでいる間に民主主義(選挙)や報道の自由表現の自由という思想を実際に体験しているわけである。にも関わらず,彼らが本土に帰ってもそういう思想が中国国内に広がる兆しはまったく無いので,もはや彼らも国を変えることではなく国の今の仕組みの中で自分が上に行くことに関心の中心があるということなんだろう。
    ひるがえって日本のリニアのすったもんだは全く収束する兆しがない。いつまで「民主的な議論」をだらだら続けるんだ。こんなんだから日本は海外より生産性が低いとか言われるんでしょ・・・。
    JR東海の危機、リニア推進「静岡市」が反対派に? | 新幹線 | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース (toyokeizai.net)
  • サッカー日本代表が熱いようだが私は全然視聴してない・・・。ただ,日本代表の中にはドイツやスペインのリーグに所属している選手もいるので,ドイツ戦やスペイン戦では相手チームに顔見知りがいたりしてやりにくかっただろうなと思う。
    ドイツのサッカーリーグは下図のように1部から10部まで分かれている。どんだけ階層あるんやという感じがする。下の方からスタートして一番上まで行くのは死ぬほど大変なはずだ。そのトップの中のトップを集めた代表チームに勝ったのだから日本代表はすごいな。

    今の日本代表監督は森保氏か。日本代表監督が外国人だった期間は長かったが(オシムとかザッケローニとか),やっぱり日本人には日本人の監督が一番フィットするのではないかという気がしている。通訳を通して戦略を指示されてもいまひとつ納得感がないのでは。企業においても外国人リーダーと日本人部下というのはそんなに相性がよくないように思う。日本人はよくもわるくも日本人というムラ社会の中で頑張るのが結局一番成果を出せるのでは・・・。

サンクスギビング

アメリカは休暇シーズン。

こないだハロウィンだったような気もするが,もう一か月経ったのか。早いものだ・・。

スーパーやカフェは普通に営業していて助かる。

 

早く日本に帰任にならないかな,早く年末年始の休暇は来ないかな,という気持ちでいっぱい。どうせ一生懸命仕事しても私が帰任(出向終了)になればここ(アメリカ)で誰も引き継ぐ人がおらず,私の研究は丸ごと闇に葬られることがわかっているので正直,やる気がまったく出ない。まさに「お茶をにごす」ような日々。

 

上司(アメリカ人)と議論することもあるが,そもそも私が会議の予定を設定しても上司がその時間に現れず,キャンセルの連絡もなく,普通にすっぽかされるので,呆れてしまう。二度目の設定をするとさすがに会議室に姿を見せるものの,前回のことを私に謝るわけでもない。こちらの技術的な話に対しては相変わらず素人同然の質問をしてくるのが興味深い。このレベルでもシリコンバレーでやっていけるんだな,と,感銘を受けずにはいられない。とても励まされる思いだ。感謝の念に堪えない。相手は私のことがいけすかないらしく,終始イライラしている雰囲気だし,私も相手にもはや何も期待していないので,お互いに距離をとろうとしている感じ。それでずっとやっていければ理想であるが,どうしても仕事の都合で最低限のコミュニケーションはとるしかない場合があるので,その時だけよそよそしく会話するという感じ。

はぁ・・・・・早く帰国したい。私の海外赴任はいったい何だったんだろう??

会社のためにもなってないし私の経験やキャリアのためにもなってない。「変な人たちと当り障りのない会話をして接点を最小限にとどめる技術」や「多すぎる仕事を振られたときに抗議する技術」は身についたかもしれないが。

私は営業ではないので社外の人と話す機会は極めて少なく,シリコンバレーの空気感というか文化を感じるような機会はまったくなかった。自分がカリフォルニアにいるのかアリゾナにいるのかネブラスカにいるのかテキサスにいるのか,自分でさえよくわからない。職場とアパートを往復するだけ。

 

大企業はとにかく出向が多い。

私の同僚でも海外から帰任してしばらくしてから別部署に異動とか,国内の関連会社への出向から戻ってきてすぐまた別の法人へ出向とかいう人たちもいるが,そういうのを見ていると何だか空しくなる。関係組織とのパイプ役,というと聞こえはいいが,特に専門スキルも必要ない政治的なポジションをたらいまわしにされるのは正直,技術者肌の人間にとってはとてもつらいことだと思う・・・。

何の決定権もないからな。「〇〇の幹部はこう言ってます!」と△△の幹部に伝え,「△△の幹部はこう言ってます!」と〇〇の幹部に伝えるという伝言ゲームで毎日が過ぎていくだけ。「もうお前らが直接会話しろよ」と言いたくなる。間にはさまるレイヤーが多すぎて驚き。日本の組織の意思決定が遅いのは当たり前だと思う。

組織論や経済学に関する本を少し読んでいるのだが,どうもこういう文系の研究者たちが最終的に何をやりたいのかが理解できない。

数学や自然科学であれば客観的な知識を増やすこと自体に価値があるので,例えばフェルマーの定理やポアンカレ予想の証明にも価値はある。医学では人命を救うことに価値があるのでそれを目指した研究が行われる。物理学では宇宙の構造を知るために新しい望遠鏡を打ち上げたりする。それはいい。

 

でも経営学や経済学のゴールって何なんだ??理想の組織運営はこうだ,とか言っている大学教授たちが自分で会社をつくって実践するかというと,そういうわけでもない。現状の法体系はこういう点で時代にあってないからこういう法律がのぞましいといった考察を法学部の教授たちがしたところで,彼らが国会議員選挙に出馬して大臣を目指すかというとそういうわけでもない。ミクロ・マクロ経済学ゲーム理論などを使った理論的考察で,最も効率的な経済システムを解明する,というような研究をしている経済学部教授たちはいっぱいいるが,彼らが官僚や経済団体とのタフな交渉をして社会の問題を是正する方向に動くかというと,そうでもない。

ただ知識を蓄えるだけなんだよな。実践が伴わない,机上の空論ばっかり。せいぜい,霞が関のなんかよくわからん委員会に呼ばれてコメントして一日数万円のお小遣いをもらうだけ。

 

経済学者には「効率的な市場を実現するためには解雇規制を撤廃すべき」「市場から必要とされない会社は倒産すべき」などと発言する者も多くいるが,彼ら自身は大学の終身雇用制度でがっちり守られている。学術論文を日本語で書くくらいしか能がなく,一般企業ではとても雇ってもらえなさそうな経済学者たちが自由競争を主張しているのを聞くと,ブラックジョークすぎて笑ってしまう。

 

ウクライナ戦争が始まる前,ロシア専門家と称される大学教授がテレビに出てきて「プーチンはバカではないので,自国の損になる戦争なんてやるわけがありません。」と断言していた。でも戦争は始まった。で,その教授が何か責任をとったかというと,全然とっていない。今も情報発信を続けている。

2年前,コロナが爆発的に増えて東京がニューヨークのようになるのも時間の問題,と発言しまくっていた京大教授がいたが,結果的にまったくそういう事態にはならず,かといってその教授が責任をとることもなかった。

 

大学教授は「中学や高校の教師に比べて教育スキルがあまりにも低い」と批判されると「自分たちの本務は研究なのです!」と言って逃げ,「日本の研究者のレベルは国際的に低い」と批判されると「教育のために多くの時間を割いているので十分に研究ができません!」と言って逃げる。

これぞ無敵である。

 

結論:みんな大学教授になろうぜ!

 

しんしん

レンジでチンしたご飯パックとおかずを部屋で一人黙々と食べていると結構精神的にくるものがある。

なかなか眠れないときは薬を飲む。するとよく眠れるのだが,薬を飲まなかった場合は確率80%くらいで悪夢を見る。さっきも晩御飯のあとに毛布にくるまって寝ていたらよくわからん化け物に追いかけまわされる夢を見た。いつも追い詰められて「もうここまでか」というところで目が覚める。あれ本当にやめてほしい。。。

 

そんな毎日の中で久々に笑った動画。

ペルソナ5をやった人なら皆笑ってしまうはず。

www.youtube.com

 

もういっこ興味深かったのはこの記事。

女性が寒さに敏感な理由とは? 進化の過程から見た「温度感覚の性差」 - ナゾロジー (nazology.net)

女性は冷房の温度を上げたがるので男性と夏に対立しがち・・というのはちゃんとした進化論的説明があるようだ。

人間意外の動物でもオスとメスで好む温度帯が違うというから驚き。

 

ぐったり・・

精神的にエネルギー切れになってしまったのでぐったりしている。

今の会社(世間的にはそれなりの人材が集まっていると思われている会社)に入ったはいいが,私の仕事を理解できる人間が少なすぎてとてもつらい。アメリカに来てからは特にそうだ。いろいろ既存研究を調べて自分で改良し,実社会の課題への適用についても説明をするのだが,周りの人たちが誰も理解できないというか,ついてこれない。逆に,社外から採用されたばかりの新人さんたちの方が理解力や柔軟性があり,私と話が通じる。社歴がそこそこ長い人たちほど,まったくついてこれない。(一人だけ,私の説明にかなりついてこれる人がいて「この人なかなかやるな~」と感心させられるのだが,その人は今はまだそこまで社内で権力を持つ立場でもないのであまり当てにするわけにもいかない。。)目上の人たちに何十ページもの資料をつくってプレゼンをしても「わかりにくい」「意味がわからない」「これは何をするためのものなの?」「もう一度説明して」みたいになってしまい,さらに資料を10ページも20ページも追加で作り続け,また「まだ理解が難しいので説明がもっと欲しい」と言われ,ちょっと鬱気味になってしまって金曜と土曜は寝込んでいた。ノートパソコンを前にして「さあ始めるか」とイスに座っても気分が悪くてノートパソコンをどうしても開くことができず,本当に何もできなかった・・・。どうして私はこんなに苦労しないといけないのか?どうしてこんなに私は孤独なのか?

パワハラの一種に見えるかもしれないが,特定の一人からこうした仕打ちをうけているわけではなく,数人の異なった立場の人たちから別々に同じような反応を受けているという状態で,パワハラというわけではなく,彼らは本当に私の解説が何も理解できないようだった。馬鹿に足を引っ張られて自分の研究が滞るのは極めて苛立たしい。少し前のことだが,周りの連中に説明しても誰も私の研究を理解できないことを悟ったので自分一人でさっさと研究をしあげて(社内の承認手続きを踏んだ上で)とある学会で発表したところ,学会賞を受賞した。それを報告したら,社内の連中は一応「すごいねー」と皆さんにおっしゃっていただいたが,その中の誰も私の研究の中身を(私が説明しても)理解できていないのが笑える。お前ら,バカかよ。( ̄∇ ̄;) ハッハッハ。バーカバーカ。外部の学会で専門家相手に説明すると通じるのに社内では説明をいくら拡充しても通じないのだから,ただ単に「わが社のレベルが低すぎる」と言わざるをえない。バーカバーカ。

 

例えで言うと,「はさみを改良して,新しいよく切れるはさみを作りました」と言えば,インパクトがあると思ってもらえると期待するのだが,それが全然通じない。「一体それの何がうれしいのか何もわからん!」みたいに言われる。で,服飾関係ばかりやっているAさんには「衣類の布を裁断する効率が上がってですね・・・」と説明してやると「そうか!それなら最初からそう説明してよ」となる。が,Bさんにはそれでは全く通じない。で,過去数年間ずっと野菜を切る仕事をしているBさんに「ゴボウを切るとこうなってですね…切れ味が…」と説明すると「なんだ,ゴボウに使えるわけね~最初からそう言ってよ!」となる。別のCさんにはこれでも全く通じないので,Cさんがプラスチック包装の専門であることを考慮して「プラスチック素材を切りたい場合にはですね・・・」と見せると「ふーん」となる。こういう説得作業がエンドレスで続いていくわけである。

はさみと聞いた時点で応用範囲の広さがすぐにピンと来る人がいないのである。皆,たこつぼ式に自分のここ数年やっている分野のことだけに頭が縛られており,そこから離れた発想というのが全くできないので,こちらが彼らの得意分野を調べてそこにわざわざ降りていって説明してあげないと理解してくれない。本当に頭が悪い。一方,まだ会社に入ったばかりの新人はそういう制約が頭にかかっていない柔軟な状態なので,私の説明にもバシバシつっこみをいれてくれて感動する。その傍らで,社歴の長い面々が「ぽかーーん」としているのが,本当に笑える。ばーかばーか。

 

日本企業(特にメーカー)がここ数十年で国際的に凋落した原因の一つとして「技術の目利きができないこと」がある,とどこかで読んだことがある。さもありなん。この技術はまだ未熟だが,将来使えるかもしれんから,完全には予算を切らずに投資しておこう,といった戦略的な目利きができない。で,じゃあ研究開発成果をどう査定するかというと,特許(知財)件数が一つの目安として使われる。要するに「この部署は昨年度20件も特許を出願しているから,まあまあ仕事はしているようだな」という感じなのである。それでよいのだろうか?このブログ記事

三菱電機が検査偽装する本当のワケ!—日本企業衰退の象徴 | 小塩丙九郎の歴史・経済ブログ (ameblo.jp)

で指摘されているように,過去20年というもの,日本からの特許出願件数は伸び続けており,最近はアメリカと肩を並べそうなところまで来ている。にも関らず日本企業は世界の時価総額ランキングで世界の後塵を拝しており,科学分野の論文件数および論文被引用数ランキングでも中国にまったく太刀打ちができない状態になっている。AI分野で世界トップクラスの企業はアメリカにたくさんあるが,どれもできてから10年経つかどうかという若い企業ばかりだ。コロナワクチンを世界中に供給したモデルナだって,設立されたのは2010年である。まだできてから12年しか経っていない!!!そんな若い企業がイノベーションを起こす一方で,特許てんこもり状態の伝統的な古き日本企業(例えば三菱電機は今年で創業101年)からはイノベーションの匂いもしない。特許をとりあえず出願しまくれば国際競争力が維持できるという発想は,(自動車産業や家電産業のようなモノづくり分野では妥当としても)IT・ソフトウェアなど現在世界の新興企業の主流となっている分野にはもはや通用しない,と私は思う。

とにかく研究部門に特許のノルマを課し,「今年度はこれだけ必ず出願するように!!いいな!!」と発破をかけるような旧態依然とした管理の仕方ではもう無理なのである。

 

シリコンバレーの企業には毎年数十パーセントという化け物のようなペースで売上・利益を拡大させているIT系成長企業がいくつもあるが,大変面白いことに,そうした企業の中にはそもそも研究開発部門を持っていないところがあるそうだ。つまり社内に研究者がいなくてもデジタル分野では爆発的に成長することが可能なのである。実際のところ,IT分野では年間数万~数十万(AI分野だけに限っても5万)本もの論文がコンスタントに発表されているので,たいがいの問題に対してはすでに定石とも言える対処策がいくつも発表されている。そのため,顧客が抱える課題をヒアリングした上でそれに適するソリューションをネットからいくつか選んできて,それらを使いやすくまとめて1つのシステムにし,きれいなユーザーインターフェースをつけて納品すればそれなりに仕事として成立してしまう。つまり必要なのはデザイン思考でありシステム思考である。必要なものを見つけ出した上で組み合わせ方を工夫する,という才能が必要なのである。しかし特許では,既知のものの組み合わせは基本的に進歩性がないとして一律に却下されてしまう。特許という仕組み自体がもはやデジタル産業のビジネスモデルにはフィットしていないのである。

それに,万が一,新しい技術がどうしても必要だということになれば,技術力のあるスタートアップをさくっと買収すればいい。キャッシュがあれば何とでもなる。だから自前で新卒社員をたくさん雇って勉強させ,たくさん特許を出願させるという古い日本企業的なやり方は,今のITビジネスにおいてはますます時代遅れになっているように思われる。しかし古い企業というものは自らを変革することは決してできないだろう。中にいるからよくわかる。

 

その昔,日本は白物家電で優位性があったが,LGやハイアールといった新興企業におされて今ではすっかり撤退・壊滅してしまった。その原因の一つとして,「普通のユーザが望まないような高機能化と高価格化によって,市場のニーズから乖離した製品を生産してしまったから」ということがよく言われる。つまりガラパゴス化である。ただ,今のAI分野でもそんな感じになってきているような気がしてならない。今,いろんな会社が「AIとデータサイエンスで経営を革新しまっす~~~♪」とか宣伝しているけれど,中で使っているAI技術はどこも似たり寄ったりというのがほぼ現実と言ってよいだろう。これを私は心の中で「IT屋の不動産業者化」と呼んでいる。誰でも簡単に検索できる物件サイトとしてホームズやスーモなどがあるが,不動産屋もたいがいそういうサイトと同じデータベースを見て客に物件を推薦している。つまり,どこの不動産屋に行っても出てくる物件は同じで,それは中で使っている物件データベースが同じだからである。同様に婚活市場においても,いろいろある結婚相談所はみんな基本的に同じ連盟に所属して同じデータベースにアクセスしているので本質的な違いというものがない。AI分野もそんな感じである。アメリカや中国の企業・大学が開発した使いやすい技術がネットで無料でどんどん,毎日のように公開され続けており,それらを組み合わせればほぼ何でもできる状態になっている。なので各社とも,違うように見えるパッケージの中身はほとんど同じパーツを組み合わせて使っており,違いがないのである。で,それでも他社との違いを出そう,と焦ると,結局は「マニアックな機能を追加して高価格をキープする」という方向になってしまう。

 

かつて,日本の電機メーカーは海外との競争に勝てず没落した。しかし,では一体どうすれば没落せずに済んだのだろうか?と私はよく考えるのだが,なかなか良い答えが見つからないのが正直なところだ。顧客は高機能で高価格な炊飯器なんて求めてない,そこそこ壊れにくくて安くて使いやすければいい,ということであればそういうお手軽な製品を作ること自体はできただろう。しかし低価格化競争を行うと日本の高収入の社員たちを食わせていくだけの利益を確保できないだろうから,たとえ国際市場でのシェアをキープできたとしても組織のスリム化のためにどうしてもリストラをするということになるだろう。それで果たして「競争に勝った」と言えるのだろうか。

 

私は仕事でもよくIT化のメリットというのを説明する必要性に迫られる。IT化を推進すると少ない人手でも同じ仕事を回せるようになるのでコスト削減できるというのが,一つの模範解答というか,定型回答であるが,それで本当によいのだろうか?アメリカのように成長している国では,ある産業の無駄がなくなって余剰人員がカットされれば,そのカットされた側の人たちはより需要のある成長産業へと移動する。それによって国全体の生産性も向上し,経済規模も拡大していく。

しかし日本はどうだ?アメリカと違い,日本には成長産業がないのである。IT化を推進して人をどんどん切ると,彼らは介護職やタクシードライバーやブラックIT企業のブラックSEといった,より低賃金の仕事に流れていくしかない。そうすると平均賃金は低下し,国の経済規模は今よりさらに低下する。私のようなAI研究者がいくらITソリューションを改良してみたところで,マクロな目で見ると日本国民全体(私を含む)の首をただ絞めているだけのように思えてならない。

 

空しい。